英語を勉強する意味 | 通信大学卒業&教員免許用単位取得しました!

英語を勉強する意味

今日はなぜか書きまくって3本目。最近つれづれ考えている英語を勉強する意味について。私は今、日本に帰ったら中学の英語教師になりたくて、通信教育で大卒学歴と教員免許資格の取得を目指してがんばってるわけですが、思い返せば自分の中・高時代、ぜんぜん英語の勉強に興味を持てなかったなぁと。その理由は、けっきょく生まれ育った環境には1人も外国人がいなかったので、英語が何の役に立つのか全く実感できなかった点にあるのではと。私の場合は、自分の意志ではなくアメリカにやってきて、初めて英語が話せることの有利さを実感して勉強に励んでるので、めちゃインセンティヴ(↓参照)的な動機なんです。こういう体験のない中・高生にどうやってインセンティヴを与えるのか?こうした動機付けに成功すれば、中学レベルの基礎的英語の習得は多くの子どもにとってそれほど難しいことではないと思うのです。


それで、最近何かにつけて考えてみるんですが、イマイチこれというものが見つからないです。何語であっても語学習得は努力と根気がいるものなので、なんか話せるとカッコいいとか、海外旅行で使える、くらいのインセンティヴでは弱いし。もっと強い動機はないものかなぁ。私の場合はいろんな国の人と話して自分の視野を広げたい(ポジ)のと、話せなくて恥ずかしい思いをしたくない(ネガ)というのが動機だったんですが、ネガ理由の方が強力でした。留学した人の英語力が伸びるのはこうした理由が大きいのではと思います。あと貧しい国の人たちの場合についても同様に、英語が話せるようになってアメリカで仕事ができれば、本国で働くのに比べて何倍もの収入を得る事ができるので一生懸命勉強するというように、日本の中・高生とは切迫感がぜんぜん違うんですね。


中・高生にとって切迫した問題とは受験なわけで、うーんと、けっきょくここからまた考え直していかないとなぁと思ったり。考えながら書いていたので、読みにくくてすみません。しかもお腹が空いてきたので今日はここまで。